貴重な清朝建築様式、函館中華会館を訪ねて

110802kc08.jpg国内に唯一残る中国清朝建築様式の建造物「函館中華会館」。2011年夏に、特別公開されました。

中華街で有名な横浜や神戸の中華会館は、太平洋戦争で失われて戦後に再建されたものですが、こちらは建築当初の姿を残す国内唯一の中華会館。国の有形文化財にも指定されています。

横浜や神戸と同じく、開港都市としていち早く諸外国に開かれた函館。その歴史の重みを感じながら元町を散策し、中華会館を訪ねてみました。

※現在は非公開で、外観のみの見学

 

 

 

 


◆元町公園から中華会館まで、開港の歴史をたどる基坂歩き

110802kc03.jpgまずは元町公園からスタート。正面入口脇に「箱館奉行所跡」の標柱が立っています。「あれ? 箱館奉行所って五稜郭にあったんじゃ......」。実は、元々の箱館奉行所があったのはここ元町公園。函館山のふもとから港を見下ろす位置に建っていました。開港後、海から攻撃されることを恐れるようになり、また山の斜面に建っていたため背後から丸見えであることも心配の種となり、奉行所は内陸部の現在地へ移転したというわけです。

元町公園から基坂を下りはじめるとすぐ左手、そんな函館の歴史に大きく関わったペリー提督の銅像が建っています。「素晴らしい港だ」と函館を気に入り、市中を散策したり、たくさんの土産物を買いこんでいったりしたペリー一行。港のほうを向いて、昔を懐かしんでいるようです。




110802kc02.jpg 110802kc04.jpg 110802kc05.jpg 110802kc07.jpg
①         ②         ③                     ④

ペリー像から基坂をはさんだ向かいには、ユニオンジャックを掲げた旧イギリス領事館があります。ここには1859年(安政6)から1934年(昭和9年)まで、75年間にわたってイギリス領事が赴任し、国際都市としての函館を彩ってきました。現在は、開港地の歴史をわかりやすく伝える記念館として公開されています。

基坂を下って信号で左に曲がると、右手に土蔵のある住宅が見えてきます。海運業などで栄えた商家も多かった函館。当時はこの土蔵いっぱいに何が詰まっていたのでしょうか。


◆豪華絢爛な中華会館、関羽をまつる関帝壇で、まずお参り

110802kc01.jpg道をもう少し進んでいくと、右手に大きなレンガ造りの建物が見えてきます。これが函館中華会館。日中貿易で財を成した函館在住の華僑たちが、1910(明治43)年、三国志の英雄・関羽をまつる関帝廟として建築したものです。

正面向かって左側に入口があります。入館料は大人600円。受付で1000円の「喜捨」を行うと、カメラでの内部撮影が許可されました。
※現在は非公開です

中に入ると、奥にある祭壇「関帝壇」がまず目に入ることでしょう。わあーっと早歩きで近づきたくなるところですが、まずは係のかたの案内に従って大きな線香を捧げましょう。

関羽はもともと武神ですが、財神としても信仰を集めており、さらに学問の神様としても古くから信仰されているとのこと。結婚式の際には、関帝の前で誓いを行うことで幸せが約束されるとも信じられているといい、まさにオールマイティーな神様。失礼のないように、しっかりお参りします。

110802kc12.jpg 110802kc09.jpg 110802kc10.jpg


祭壇に施された細かな彫刻にも注目です⑤⑥
会館内の天井と柱は朱の漆で塗られており、金箔を施した装飾と相まって絢爛たる雰囲気を漂わせます
110802kc16.jpg 110802kc23.jpg 110802kc19.jpg
⑤                     ⑥                    ⑦

天井から下がる絹とガラスのランタン(宮灯)が、あちこちに掲げられた扁額(文字の書かれた額)をぼんやり照らす様も幻想的
祭壇の両脇の壁には関帝の教えがびっしりと刻まれており、柱にも金箔を施した文字が大書されています。
時代はまったく違いますが、まるで孫悟空の世界に入ってきたかのよう。
こうした扁額や柱の文字は、中国から持ち込んだり華僑が寄進したりのもの。幸せを願う文言が記されているそうです
110802kc21.jpg 110802kc15.jpg 110802kc14.jpg 
⑧                     ⑨                    ⑩


◆「四海皆兄」の教えを表した、四隅の小部屋                                    

110802kc18.jpg関帝壇のほか、館内には四隅に4つの部屋が配されています。これは論語にある「四海皆兄弟(世界の人々はみな兄弟である)」の教えを表したもの。各部屋には書画や陶磁器などがさりげなく配置されていますが、これらも中国から運び込んだ貴重なものだそうです。

中華会館の建築に当たっては、中国から招かれた技師と職人が設計を担当。中国人大工8人と上海から来た彫刻師2人と漆工5人のほか、日本人の大工、左官、鋳物工ら多数の協力を得、釘を一本も使わない当時の伝統工法に基づいて、3年の歳月を費やして竣工しました。前述の美術品に加え、木材の大部分と祭具、イス、テーブルなどの備品も中国から運び込まれており、現代の私たちにも清朝末期の中国文化をそのままに伝えてくれます。

 


今から100年以上前に、こんなに立派な会館と祭壇を建築するだけの力があった函館在住の華僑たち。
その繁栄を支えていたのは、函館港からの中国への海産物の貿易でした。
国際貿易港として栄えた100年前の函館に思いをはせつつ、
元町公園から中華会館までの歴史ショートトリップを閉じることとしましょう。

※記者K 2011/7/30取材 

 

110802k24.jpg函館中華会館

所在地 函館市大町1-12
電話番号 0138-22-1211(函館華僑総会)
※現在は非公開で外観のみの見学