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函館から世界へ、新島襄ゆかりの地

幕末の箱館(函館)の地を踏み、鎖国の禁を破って渡米した新島襄。
滞在した四十数日で、函館に残した足跡・ゆかりの地を案内します。

主なスポット
  • 函館ハリストス正教会
  • 新島襄海外渡航の地碑
  • 日本基督教団 函館千歳教会
スタート 市電「函館どつく前」電停
スタート地点までのアクセス
距離・時間 徒歩+市電 11.1km
2時間30分~3時間
散策歴史

1市電「函館どつく前」電停 現在地から

市電「函館どつく前」電停

市電5系統の終点「函館どつく前」電停からスタート。下車して、今来たほうに戻るように右側の歩道を3~4分歩き、右手の幸坂を上ります。



2山上大神宮 現在地から

山上大神宮

幸坂の突き当たりに建つ歴史ある神社。坂本龍馬と姻戚関係にあった沢辺琢磨が神職を務めたことがあり、新島襄が海外渡航を夢見て箱館にやってきた際に、力を貸したといわれています。

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3旧旅籠町界隈 現在地から

旧旅籠町界隈

幸坂を下がった中腹部に、旧旅籠町(はたごちょう)の町名碑があります。このあたりに、新島襄と、協力者とされる沢辺琢磨、福士卯之吉(成豊)らが酒を酌み交わした茶屋があったといわれています。



4諸術調所跡 現在地から

諸術調所跡

基坂の中ほどにあった、箱館奉行所の教育機関として設置された北海道初の学問所「諸術調所(しょじゅつしらべしょ)」。教授は、五稜郭の設計監督をした武田斐三郎。新島襄が箱館に来た目的のひとつが、ここで学ぶことでした。

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5遺愛女学校跡 現在地から

遺愛女学校跡

函館ハリストス正教会の隣で、今の元町・遺愛幼稚園の場所。1887(明治20)年、八重夫人とともに来函した際に、宣教師から食事に誘われて訪れています。現在の建物は、1913(大正2)年に建築されたものです。

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6函館ハリストス正教会  入館15分 現在地から

函館ハリストス正教会

司祭ニコライの日本語教師として下宿生活を送った場所。東隣にあったロシア病院(現在の函館ヨハネ教会付近)に眼病で入院した際、欧米の進んだ文化を目の当たりにし、渡航への思いが高まりました。

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7日本基督教団函館教会 現在地から

日本基督教団函館教会

大三坂を下り、途中のバス通りを左方向に歩くと、左手に教会が見えてきます。1874(明治7)年、宣教師ハリスによって創設された教会で、日本に帰国後、妻の八重を伴って函館を旅行した際、ここも訪問したとされています。

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8新島襄ブロンズ像 現在地から

新島襄ブロンズ像

八幡坂を下り、ベイエリアの函館西波止場のそばに設置された新島襄のブロンズ像(現在岸壁工事で、2020年3月まで撤去中)。箱館から密出国すべく、1艘の小舟に乗り込んで外国船に向かう姿を再現しています。

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9新島襄海外渡航の地碑 現在地から

新島襄海外渡航の地碑

1864(元治元)年、海外に向けて出発した岸壁に設立された碑。脱国後、上海で作った漢詩が自筆の碑文として刻まれています。当時、このあたりには外国人居留地があり、海外渡航の手助けをした福士成豊が勤めていました。

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10箱館丸 現在地から

箱館丸

1857(安政4)年に建造された日本初の洋式商用帆船。新島襄ゆかりの福士成豊と、父の続豊治が製作に携わりました。現在の箱館丸は、1988(昭和63)年に復元されたものです。

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11日本基督教団 函館千歳教会  入館10分 現在地から

日本基督教団 函館千歳教会

市電「大町」電停から湯の川行きの電車に乗り、「杉並町」電停で下車。歩いて5分ほどの住宅街にあります。1901(明治34)年創立。函館からアメリカに脱国し、京都に同志社大学を創立した新島襄と関係の深い教会です。

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日本基督教団 函館千歳教会

教会には、函館から脱国した後、寄港地・上海で断髪した際の頭髪があり、今も大切に保管されています。教会見学の際は、事前に連絡を入れてから訪問を。

12市電「杉並町」電停 現在地から

市電「杉並町」電停

帰りも市電「杉並町」電停から。函館駅前、十字街方向と湯の川方向とでは乗り場の位置が異なっているので、ご注意を。



※記者TT 2018/10/21取材、2018/10/31公開