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函館の歴史的建造物(3)栄華を伝え、凛とたたずむ和風邸宅
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函館といえば、異国情緒溢れた洋風建築や、函館独特の様式である「和洋折衷建築物」が街を彩っていますが、意外に知られていないのが和風建築物の凛とした姿です。

現存している和風建築物が建てられた明治後期~昭和初期、函館は全国でも有数の大都市でありました。本州各地から商機を期して移住した者たちが、この地で成功をおさめ、その資金を基に自宅として建築した建物、それは心の故郷である和風建築物でした。 

函館らしさを感じさせる歴史的建造物シリーズ第3弾は、街並みのアクセントとなっている和風住宅を取り上げます。函館の繁栄の歴史に思いを馳せながら、建物を訪ねてみませんか。

(上)函館港を見おろす日下部家住宅


◆実力者のくつろぎの自宅としての和風建築

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当時の建築物を分類すると、最先端の建築デザインを取り入れた洋風建築物は会社の社屋などに多く見られ、和洋折衷建築物は海産商などの店舗兼住宅に多く見られます。これは、仕事上の対外的な接触をとる場所は洋風とするのが、開港地函館の当時の常識や、繁盛の証しであったからではないかと推測されます。

ところが、やはり日本人です。心と体を休める自宅は慣れ親しんだ和風建築物にしたい。そして、建てるなら堅固で質の高いものにしたい。そんな考えを読み取ることができるのが、函館の和風建築物です。

(右)京風町屋を思わせる
松原家住宅


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それが顕著に表れているのが、函館随一の豪商・相馬哲平の私邸であった旧相馬邸でしょう。

大部分は純和風建築となっているのですが、一部分に洋館を併設しています。ここには来賓用の部屋として特別に造作されたもので、大理石を施すなどの贅を尽くした造りとなっています。それに対して、家族が居住する各部屋はいたって質素であり、一時期国内有数の大富豪と呼ばれた相馬家の邸宅としては、一見その財力に釣り合わない簡素さです。ただ、使われている建材や仕上げは超一流、質実剛健さが伺えます。

(左)一般公開されて
内部を見ることができる旧相馬邸


◆質のいい材料と高い技術が生んだ美しいたたずまい

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函館で成功をおさめた者たちの邸宅は、造り方にもこだわりを見せています。

今回ご紹介する建築物に共通するのが、外壁を「簓子(ささらご)下見張り」という板の張り方をしたものばかりです。これは、現代でいうパネル工法に相当するものですが、高度な大工の技術を要する技法のため、京都の大工が建てたと言われる松原家住宅のように、本州の出身地から大工を呼び寄せて完成させた建物も多かったようです。 

また、余談ですが、これらの和風建築物に併設されている蔵は、現代のお金にすると、億という金がかかるとも言われています。

(左)板壁が美しい石井家住宅


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建物建築へのこだわりは、使用した材木にも表れています。

旧相馬邸の木材のほとんどは、本州の銘木を使用していると言われていますし、日下部家住宅は木材を木曽から搬入したなど、まるで故郷を再現しようとしたかのような選び方にも、心の拠りどころを求めていたのではないかと、想像してしまいます。開国によって急速な西洋化が進んだ日本の、象徴的な場所のひとつである函館。外国人と接触を持ち、文化を取り入れ、変貌していく仕事や生活の狭間で、新たな街を自分たちの生活の拠点としていた、当時の函館の人々の揺れ動く心を、これらの和風建築物に見ることができるのではないでしょうか。

本州の大邸宅のような、壮大なものはありませんが、様々な建築様式が混在する西部地区は、激動の明治時代以降を表現している一面も持っているような気がします。そのような想像をしながら建物を見て歩いてみるのも、開港都市函館の深さを知るひとつになるかもしれません。

(左)和風建築の蔵を活用した茶房 無垢里


※記者J 2011/10撮影

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今回紹介した建築物
(各施設名をクリックすると「はこぶら」記事へ)

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(マップ提供/函館西部地区バル街実行委員会)