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石川啄木と函館の幸せな132日間

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2011年は石川啄木の百回忌にあたる年です。啄木が21歳の年、明治40年5月5日から9月13日の132日間を過ごした函館は、啄木にとって特別な存在だったと言われます。この短くも濃密な函館とのかかわりを解き明かす、最新の啄木研究をご紹介しましょう。

この内容は、2011年6月25日に行われた「石川啄木百回忌記念文化講演会・啄木函館を歌う~初恋のいたみを遠く~」で、啄木研究の第一人者・近藤典彦氏によって発表されたもの。主管団体の「視線の会」のご承諾を得て、記事を作成しました。

 
井上ひさし氏絶賛!「日本で五指に入る日本語の使い手・啄木」

まず、近藤氏は啄木のもっとも深い理解者として井上ひさし氏を挙げています。

「嘘つき、甘ちゃん、借金王、生活破綻者、傍(はた)迷惑、漁色家、お道化者(おどけもの)、天才気取り、謀反好き、泣き虫、生意気、ほとんど詐欺師、忘恩の徒、何もしないで日記ばかりつけていた怠け者、盆踊好き、狂言自殺常習者、空中に楼閣を築く人種の代表的存在、貧乏を売り物にした偽善者、度し難い感傷家などなど、石川啄木という人物は、じつにさまざまな不名誉きわまりない異名の持主です(1986年6月3日発行『the 座』前口上より)」というように、辛辣に、しかし愛情をもって評していたと解説。啄木の姿が生き生きと浮かび上がってきます。

それでいて井上氏は、「啄木は日本史の上で五指に入る日本語の使い手」であると、近藤氏との対談で言いきっています。短歌、詩、小説、日記、書簡など、26歳の生涯で残した様々な作品・文章の輝きが、今も多くの人を魅了している所以でしょう。
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啄木小公園にある、本郷 新製作の啄木像


函館は、啄木のフィーリングにぴったり合った文化的な街だった

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はまなすの花が咲く、初夏の啄木小公園
 
啄木は、故郷・岩手県渋民を「石をもて追はるるごと」に旅立ち、青森から青函連絡船で函館入りします。

函館は、当時東京以北で最も人口の多い近代都市でした。「北海道でもっとも伝統のある、もっともハイカラな、もっともよく都市機能の整備された都市」だからこその文化的な雰囲気は、啄木を魅了しました。才能ある文学仲間(大島経男、吉野章三、岩崎正など)から歓待されて切磋琢磨し、金銭的な援助者(宮崎郁雨)も得るなど、安定的な人間関係に恵まれたのも、函館のいい思い出となったことでしょう。

啄木が函館のことを詠んだ歌は、明らかにわかるもので60首あまり。これは故郷渋民に2番目の数で、釧路31首、小樽19首、札幌・旭川各4首をはるかにしのいでいます。


「我を愛する歌」に詠まれた、啄木の心を癒す大森浜の砂山と海

啄木の第一歌集『一握の砂』の冒頭は、「我を愛する歌」。
1首めは「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる」で、住吉町の啄木一族の墓に刻まれている歌です。これを含めて冒頭10首には、砂、砂山、海が詠み込まれています。

函館滞在中の啄木がよく散策したのが、大森浜の海岸。現在、啄木小公園となっているあたりには、当時高さ20mを超える巨大な砂山がありました。この砂山と津軽海峡の海を愛し、心の支えとした啄木は、歌集の最初のあいさつ代わりに、大森浜の歌を配したのでしょう。

近藤氏が最高傑作と賞する1首も、そのうちのひとつ。
「砂山の砂に腹這ひ 初恋の いたみを遠くおもひ出づる日」。海の向こうに見える下北半島のさらに先にある、故郷の日々を偲び、下腹に感じる砂の温かさが性的な記憶につながる......。大森浜が特別な存在であったことが、強く伺えます。
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大森浜の砂浜。かつて巨大な砂山があった


「忘れがたき人人」には、函館のよき思い出が詰まっている

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海を隔てて、津軽半島が間近に見える
 
『一握の砂』の「忘れがたき人人一」のうち29首にも、函館の日々が歌われています。
「潮かほる北の浜辺の 砂山のかの浜薔薇(はまなす)よ 今年も咲けるや」は、啄木小公園のブロンズ像の台座に刻まれた歌。
「函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花」は、青柳町の函館公園にある歌碑に、自筆の文字が刻まれています。

また、「忘れがたき人人二」の22首は、弥生尋常小学校の代用教員時代の同僚で、憧れの人、橘智恵子に捧げたものです。

仲間に恵まれ、親子3人水入らずの生活も実現しながら、恋にも夢中になった啄木の函館の日々。大火で街を去る日までの、穏やかで楽しい毎日でした。

※編集室M 2011/6/25取材

近藤典彦
元国際啄木学会会長。元群馬大学助教授・教授。
著書「一握の砂―石川啄木(朝日文庫)」、「啄木短歌に時代を読む(吉川弘文館)」、「『一握の砂』の研究(おうふう)」ほか多数。

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