開港と交流の歴史を偲ぶ、外国人墓地散策

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市街地の北西のはずれ、函館港を見下ろす高台に、江戸時代末期に始まった外国人墓地があります。開港都市・函館らしい雰囲気とともに、海をバックにした景色のよさでも人気。でも、せっかく訪ねてもちょっと歩いて記念写真を撮るくらいのかたが多く、墓地の全体像や歴史、個々の墓碑のことなどはあまり知られていないかもしれません。そこで、外国人墓地のことがよくわかる、見どころをご案内します。


◆最寄りの市電電停「函館どつく前」から、坂を上って15分

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外国人墓地を市電で訪ねるには、5番「函館どつく前」行きに乗って、終点で下車。函館駅前から12分、12分間隔で運行しています。

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進行方向に向かって左側にの歩道に渡り、少し戻って右手の坂を上っていきます。

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この坂は、函館山に向かう坂のうち、もっとも西にある魚見坂。比較的ゆるやかです。

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途中、右手には海がちらちら見えます。

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左手に立派な山門の高龍寺が見えたら、あと少し。

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通称・三角屋、三浦商店で道が二手に分かれます。右が外国人墓地のメイン通り。

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外国人墓地の入り口に到着! 右に中国人墓地、左にロシア人墓地、さらに先の右手にプロテスタント墓地が寄り添うように並びます。

【バスを利用する場合】
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函館バスが、外国人墓地の近くまで運行しています。JR函館駅近くの「棒二森屋前バス停」から1系統「高竜寺前(船見町)行き」に乗って約15分、「高龍寺前」バス停で下車。外国人墓地のメイン通りまで、徒歩2~3分です。バス便は1時間に2本程度。⇒函館バスホームページ


◆外国人墓地の見取り図

map_151110.png外国人墓地があるのは、山背泊(やませどまり)と言われた函館山西北端の高台。開港前後から、函館寄港中に命を落とした船員や在住外国人のための墓地が設けられました。

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1954(安政元)年のアメリカ・ペリー艦隊の水兵が葬られた「プロテスタント墓地(F)」に始まり、1859(安政6)年にロシア人墓地(A)、1870(明治3)年にカトリック墓地(現姓パウロ修道女会墓地・C)、1876(明治9)年に中国人墓地(現中華山荘・E)が加わりました。正式には、1870(明治3)年、米・英・独・露・中の在函5カ国の領事からの要請を受けて協定が結ばれ、現在の外国人墓地に。そのほか、一般の宗教関係の墓地も隣接してあります。
※地図はクリックすると拡大(提供/はこだて外国人墓地散策の会)


◆さまざまな国籍の人が眠る「プロテスタント墓地」

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メイン通りの右手、海側の傾斜地にあるのがプロテスタント墓地。イギリス、ドイツ、アメリカ、イタリア、デンマーク、ポルトガル、ノルウェイと、さまざまな国籍の人の墓碑が約40あります。中に立ち入ることはできませんが、柵越しに眺めることができます。

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墓碑は海に向かって建てられていて、遠い祖国への思いがしのばれます。港に出入りする船が眺められ、晴れた日には函館湾の向こうに大沼の駒ケ岳も望める、絶好のロケーション。

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最初にこの地に眠ったのは、160年以上前にアメリカのペリー提督とやってきて、滞在中に亡くなった2人の水兵。海に向かって左手、いちばん山側に墓碑が並んでいます。道路から名前を読むことはできませんが、この日はアメリカの国旗と、同じカラーの花が供えられていたので、よくわかりました。

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2つの墓のそばの柵沿いに建つ「ペリー来航百年記念碑の追悼碑」。ペリー艦隊が設置を依頼した記念碑が、100年後の1954(昭和29)年、ペリー来港100年記念祭にあたって建立されたものです。

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プロテスタント墓地は、中華山荘脇の路地から回り込んで、海側の道から見上げることもできます。後ろに控えるのは函館山。柵のすぐ前にあるのは「日仏親善函館発祥記念碑」です。

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その右にあるのは、函館で50年以上暮らして倉庫業を営み、1925(大正14)年に88歳で亡くなったイギリス人、ジェームズ・スコットの墓碑。上部のコンパスと定規が交差した印は、フリーメイソン(秘密結社)の記章とされています。

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その奥にある、白っぽい背の高い墓碑は、初代ドイツ領事ルードウィッヒ・ハーバーの墓碑。1874(明治7)年、排外思想をもつ旧秋田藩士に函館公園付近で惨殺され、ここに埋葬されました。当時の墓碑は函館公園に記念碑として移設されて、こちらは新設されたもの。


◆特徴的な十字架が見られる「ロシア人墓地」


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プロテスタント墓地の斜め向かい、メイン通りの左手にあるのがロシア人墓地。1859(安政6)年に死亡した軍艦アスコリド号航海士に始まり、軍艦乗組員などの墓碑が40以上あるのが、柵の外から眺められます。

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目をひくのは、ロシア正教会でよく用いられる「八端十字架(先端が8つある十字架)」。横棒が3本で、いちばん下が傾いているのが特徴です。

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また、墓石は上部がカーブしたかまぼこ型で、横にしておかれています。

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海を背にして左側の路地を上がっていくと、山側の通りに出られます。背面からも眺めてみましょう。秋から冬には敷地内の木の葉が落ちて、全体の見通しがよくなります。

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上から見て右手に、白っぽい高さのある墓石が見えます。これは、開港直後に来日した初代ロシア領事ゴシケーヴィチの夫人のもの。1864(元治元)年に亡くなり、長い間不明となっていましたが、その後発見されて新たな墓碑が建立されました。


◆レンガ塀に囲まれた「中国人墓地(中華山荘)」

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ロシア人墓地の向かいにあるのは、レンガ塀に囲まれた中国人墓地(中華山荘)。メイン通りから、門のあいだに海が見えるのが印象的です。

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始まりは1876(明治9)年、青森県に漂着した中国人の遺体をこの土地に埋葬したことから。現在の広さになって周囲をレンガ塀で囲んだのは、1919(大正8)だそうです。内部は見学することができて、古い墓碑が並んでいるのがわかります。

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プロテスタント墓地と同じく、海側の道に回って、下から眺めることもできます。当初の正門は海側にあったこちらだったそうです。


◆墓地の一角にあるカフェテリア モーリエでひと休み

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外国人墓地と同じ、海辺の高台にあるカフェテリア モーリエ。映画などのロケ地としても知られていますが、近辺の散策情報の収集にもおすすめです。店への行き方は、メイン通りから墓地の中を通って海側に出るか、中華山荘脇の路地から海側の道を進んで突き当たり。

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モーリエは、ロシア語で「海」。まさに、海の家の雰囲気です。

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店内には、外国人墓地(プロテスタント墓地)の詳細な案内図や散策マップ、関連資料、ポストカードなどもあって、地元ならではの深い思いが感じられます。

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散策の休憩に、名物のロシアンティーとピロシキがおすすめ。


◆もうひとつの歴史が潜む、ティーショップ夕日

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このあたりにはもう1件、休憩にぴったりのティーショップ夕日があります。ピンク色の屋根や壁が可愛らしい印象の建物ですが、ここも港町・函館らしい歴史を持った場所なのです。

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ここは、1885(明治18)年に作られた常設の消毒所。防疫体制を強化するために、当時の主要6港(函館のほか、横浜、神戸、下関、長崎、新潟)に設けられました。その後、函館検疫所と改称され、長く活躍しました。現在、函館市の景観形成指定建築物。

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ティールームとして利用されている今も、当時の雰囲気を感じさせてくれます。

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日本茶と和菓子で、ほっとひと息つけます。

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外に出ると、隣にはハリストス正教会の墓地。船が行きかう港を見おろす、異国情緒あふれる風景です。このあたりは、西に海が広がり、絶好の夕日スポットでもあります。タイミングによって、とびきりの夕焼けがみられるかもしれません。

帰りは、「函館どつく前」電停まで坂をゆっくり下りていくか、時間が合えば、「船見町」バス停、または「高龍寺前」バス停から、函館バス1系統「昭和営業所前行き」に乗って、函館駅前方面に出られます。

※編集室M 2015/11/7取材、11/10公開

「はこだて外国人墓地散策マップ」(はこだて外国人墓地散策の会)
マップ表.jpg マップ裏.jpg
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