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箱館はじめて物語

日本最初の日本人設計の上水道

にほんさいしょのにほんじんせっけいのじょうすいどう


衛生的な飲料水の供給のため、水源地の赤川と元町配水場の高低差を利用した上水道が、明治22年9月に完成。日本人設計のものとしては日本初の創設。

江戸時代末期まで、函館の西部地区には川がなく、常に水不足に悩まされていた。それを解消したのが願乗寺(函館西別院の前身)の僧侶・堀川乗経である。彼は五稜郭の土木工事を請け負った松川弁之助に依頼し、安政6(1859)年、元々函館湾に注いでいた亀田川の付け替えを行い、中の橋(現在の共愛会病院あたり)の先から4キロの人工の川を掘った(ちなみに現在の堀川町と松川町は、彼らの名字からとった町名である)。この川は現在の銀座通りから赤レンガまであった人工の川につなげ、人々の生活飲料水や消火用水として利用された。本来この川を新亀田川というが、住民は乗経に対する感謝の意をこめて「願乗寺川」と呼んだ。 

しかし、幕末に外国船が函館に入ってくると、元々日本にはなかった感染症であるコレラが蔓延する。明治19年には死者が800余名に達し、原因が汚水を運んでいる願乗寺川にあることが判明すると、早期の水道設置が重要視された。明治11年に最初の計画が発案されるが、大火などが 度重なって実施が遅れた結果、10年後の明治21年10月にやっと着工された(同時に願乗寺川は埋め立てられ、現在の高砂通りとなる)。水源地の赤川と元町配水場の高低差を利用した上水道は、着工1年後の明治22年9月に完成した。

ちなみに、日本で最初に上水道ができたのは横浜で、明治20年のこと。2年後には函館、そのまた2年後には長崎に上水道が創設された。横浜の上水道を設計・監督したのは英国人であるので、函館は日本人設計の上水道としては日本初といえる。

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 元町配水場


※オフィスO 2011/7/7取材 2011/7/22公開


エリア 駅前・元町地区
問合せ先 元町配水場
所在地 函館市元町1‐4
電話番号 0138-22-2871
営業時間 4月下旬~8月31日 9:00~18:30、9月1日~9月30日 9:00~17:30、10月1日~11月下旬 9:00~16:30
アクセス 【市電】「十字街」電停 徒歩10分
駐車場
関連リンク 函館市企業局
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