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4)坂上に異国風エリア

開港後の函館(箱館)に住んだ外国領事や商人たちは、幕府が提供した海岸付近の居留地を好まず、函館山中腹の眺望のよい場所に居を構えることが多かった。領事館・外国教会・宗教系の学校もこれにならって、現在の元町の高台の一角にそれらが集まることになった。代表例がイギリス領事館・天主公教会(現カトリック元町教会)・ハリストス正教会などで、度重なる大火による焼失の都度再建されて現存し、独特のエキゾチックな町並みが形作られることになった。

明治時代 現在

イギリス領事館

30イギリス領事館
現在:旧イギリス領事館

安政6(1859)年、称名寺(現弥生小学校付近)の一部を借りて開設。その後、今の元町遺愛幼稚園の場所に移転、慶応元(1865)年、自館からの出火で焼失、函館病院内の仮領事館に移り、明治16年に現在の場所に建物が落成した。同40年大火で類焼し、大正2年に再建したのが現在の建物。昭和9年の領事館閉鎖後は函館病院の寮などに使用されていたが、平成4年改装して開港記念館として一般開放された。同21年、全面リニューアル。

愛宕社

31愛宕社

愛宕社(あたごしゃ)は、当初は愛宕坂(現在の東坂)上にあった。八幡宮の摂社だったが、その後船魂神社に合祀された。

師範学校

32師範学校

会所学校内に小学教科伝習所として明治9年開設。同13年、函館師範学校と改組・改称する、同14年、最初の卒業式が行われて20名が卒業した。同19年、師範学校は札幌に統合することになり廃止。校舎は函館商業学校に転用された。隣には同19年、カトリックの聖保禄女学校(後の白百合学園)が建った。

ヤソ堂

33ヤソ堂 (天主公教会)
現在:カトリック元町教会

安政6(1860)年、天主公教会の宣教師メルメ・デ・カションがフランス領事館付書記官として来箱する。慶応3(1867)年、現在地に仮聖堂を設け、明治10年に最初の聖堂を建立。大正10年の大火後、同13年、現在のカトリック元町教会の建物が竣工。聖堂内の壮麗な祭壇はローマ法王から贈られたもの。元町の代表的風景である教会群の一角を占める。

ハリストス正教会

34ハリストス正教会
現在:ハリストス正教会

初代ロシア領事ゴシケーヴィチが安政6(1860)年、領事館付属聖堂として創立。文久元(1861)年に来函の司祭ニコライが、ここを拠点として北日本を中心にロシア正教を布教。明治40年大火で焼失。現存するハリストス正教会の聖堂は大正5年築。平成元年、大規模修復を実施。白壁と緑屋根の対比が美しく、函館を代表する歴史的建造物。鐘の音は「日本の音風景100選」認定。

遺愛女学校

35遺愛女学校
現在:遺愛幼稚園

明治15年にプロテスタントのメソジスト会により創立。同40年、現在の杉並町に新校舎を建築中に旧校舎は大火で焼失した。現在同地に建つ遺愛幼稚園は、同28年遺愛女学校の附属として創立された道内初の幼稚園。同40年大火で焼失し、現在の建物は大正2年築の瀟酒な洋館。ピンクの板張りの外壁が可愛い現役の幼稚園。

東本願寺

36東本願寺
現在:真宗大谷派函館別院(東本願寺)

浄土真宗大谷派の寺院。明治12年の大火後、現在地に移転したが、同40年再び大火により焼失。その後度重なる火事に見舞われたため、本堂を日本初の鉄筋コンクリート造りとして、大正4年竣工したのが現在の真宗大谷派函館別院。同10年の大火では類焼を免れた。二十間坂に面した黒光りする3万3千枚の瓦屋根が威容を誇る。

裁判所

37裁判所 (函館裁判所)
現在:南部藩陣屋跡(観光駐車場)

幕領時代、蝦夷地警備を任ぜられた南部藩がこの地に陣屋を設置。明治維新後の引き揚げ時に陣屋は焼失。その跡地に明治8年函館裁判所が設置された。その後控訴裁判所も並置されたが、同31年には汐見町(現潮見中学校)に移転。昭和7年以降はNHK函館放送局が設置された。現在は函館山ロープウェイ前の観光駐車場とFMいるかビルが建ち、南部藩陣屋跡の碑が建つ。裁判所時代の石積みが現存。

招魂社

38招魂社
現在:函館護国神社

明治2年、戊辰戦争の官軍戦死者を祀るために造営。当初は招魂場、同8年招魂社と改称。同9年の明治天皇巡幸でご下賜金を受け、翌10年に拝殿を建立した。その後、日清・日露・太平洋戦争の戦死者を合祀。昭和14年函館護国神社と改称。昭和9年の大火で類焼。現在の社殿は同17年築。境内に新政府軍兵士らの墓所がある。

公園地

39公園地 (函館公園)
現在:函館公園

道内最初の洋式公園。英国領事ユースデンの呼びかけに市内財界人が呼応。明治11年着工、翌12年開園式が執り行われた。遊園地や動物園も併設され、現在も市民の憩いの場となっている。園内の博物館(1号)は同12年開館で、現存する博物館としては我が国最古のもの。2号館は同17年完工。