スポット・体験

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  • ※函館新聞社撮影※咬菜園跡.jpg
    元町・函館山

    咬菜園跡

    西部地区・弥生坂上にある。箱館戦争時、旧幕府軍総裁の榎本武揚は、幹部6人と共に、今宵最後と一夜の清遊をここで試みたといわれている。現在は私有地となっている。

    史跡・碑(市内)
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    元町・函館山

    鯨族供養塔

    捕鯨船の元船長兼砲手が建立に尽力した、鯨の供養塔。絶滅危惧種とされるセミクジラの模型が据えられている。年に1度、供養祭が行われる。

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※権現台場跡01.JPG
    美原・桔梗

    権現台場跡(旧函館東照宮)

    箱館戦争時の1869(明治2)年、旧幕府軍が本拠地の五稜郭と背後の備えに急造した四稜郭との間の、函館東照宮に砲台を設けた場所。当時の大鳥居や土塁が現存する。

    史跡・碑(市内)
  • ※函新撮影※日露友好の碑.jpg
    元町・函館山

    日露友好の碑

    高田屋嘉兵衛銅像像の近くには「日露友好の碑」が設置されており、日露双方から感謝される民間外交に貢献した様子が刻まれています。

    史跡・碑(市内)
  • ※函新撮影※箱館戦争の大砲1.JPG
    五稜郭

    箱館戦争の大砲

    顕彰碑の脇道を歩くと2つの大砲があります。こちらは、旧幕府軍と新政府軍がそれぞれ使用していたもので、海中に沈められていたのが引き上げられ、現在の場所に置かれています。

    史跡・碑(市内)
    銅像・記念物
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    五稜郭

    五稜郭アーカイブ(五稜郭交差点地下横断歩道)

    五稜郭交差点の真下に設けられた地下横断歩道の南北通路を「明るく親しみやすい空間」に改修。壁面に、五稜郭周辺の歴史や函館市電に関する資料を年間を通して展示している。

    史跡・碑(市内)
    博物館(市内)
    街歩き
  • ※函新撮影※旧官修墳墓(新政府軍墓地).jpg
    元町・函館山

    旧官修墳墓(新政府軍墓地)

    広大な境内には、箱館戦争の戦没者を葬る旧官修墳墓(新政府軍墓地)をはじめ、北海道南部の戦没者を祀る碑があります。また、高田屋嘉兵衛の慈善事業の象徴である「亀石」を二つに分断した「招魂場碑」も見どころ。

    史跡・碑(市内)
    銅像・記念物
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    戸井、恵山、椴法華、南茅部

    史跡大船遺跡

    函館市中心部から約30kmの南茅部エリアで1984年に確認された、縄文時代中期の大規模な集落跡。国の史跡に指定。大型竪穴建物跡は深さ2m、直径10mを超える。4~10月は定時解説あり。

    史跡・碑(市内)
  • ※函新撮影※亀井勝一郎文学碑.JPG
    元町・函館山

    亀井勝一郎文学碑

    「大和古寺風物誌」などで著名な文芸評論家・亀井勝一郎は、1907(明治40)年函館生まれ。終生函館を愛したという。散策路とされる函館公園通りに、文学碑が建立された。

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※高田屋本店跡.JPG
    ベイエリア

    高田屋本店跡

    ペンション「じょう蔵」があります。このあたりが高田屋の本店跡といわれ、敷地内には当時の大坂から呼び寄せた職人に掘らせた井戸が残っています(非公開)。このほか、町に防災用掘貫井戸9個を寄贈しました。

    史跡・碑(市内)
  • ※函新撮影※すりばち山.JPG
    元町・函館山

    すりばち山

    公園正面口の右手には、映画のロケにも使われた「すりばち山」の展望所があります。手前には公園の噴水広場が、ミニ遊園地の向こうには津軽海峡が見渡せます

    史跡・碑(市内)
    公園
  • ※函館新聞社撮影※石川啄木歌碑1.JPG
    元町・函館山

    石川啄木歌碑(青柳町)

    石川啄木が暮らした青柳町の旧居跡近くに建てられた歌碑

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※東海山地蔵堂.JPG
    元町・函館山

    東海山地蔵堂

    地蔵堂(通称東海山啄木寺)では、毎年、啄木の命日である4月13日に、啄木忌が行われています。

    史跡・碑(市内)
    銅像・記念物
  • ※函館新聞社撮影※函館湯の川球場跡地.JPG
    湯の川

    函館湯の川球場跡地

    1934(昭和9)年、全米選抜チームを招き、日米野球大会が開催された場所。全米からは、ベーブ・ルースやルー・ゲーリックなどが参加。スタンド収容人員4000人のところに、約7000人が入場しました。

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※諸術調所跡.jpg
    ベイエリア

    諸術調所跡

    基坂の中ほどにあった、箱館奉行所の教育機関として設置された北海道初の学問所「諸術調所(しょじゅつしらべしょ)」。教授は、五稜郭の設計監督をした武田斐三郎。蘭学、測量、航海、造船、砲術、築城、化学を教えた。

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※五稜郭差替04.JPG
    五稜郭

    土塁

    奉行所のほうへ戻る途中、右手に土塁へ上る階段があります。土塁の上を歩きながら周囲の堀や奉行所を見渡して、五稜郭の造りを実感してみましょう。なお、郭内の松の木は築造当時に、内外の桜の木は、古いものは大正時代に植えられました。

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※旧旅籠町界隈.JPG
    ベイエリア

    旧旅籠町界隈

    幸坂を下がった中腹部に、旧旅籠町(はたごちょう)の町名碑があります。このあたりに、新島襄と、協力者とされる沢辺琢磨、福士卯之吉(成豊)らが酒を酌み交わした茶屋があったといわれています。

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※己巳役海軍戦死碑02.jpg
    元町・函館山

    己巳役海軍戦死碑

    弥生坂上の林の中に建つ大きな石碑は1869(明治2)年、箱館戦争で被弾沈没した新政府軍の軍艦「朝陽」の戦死者を祀っている。

    史跡・碑(市内)
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    戸井、恵山、椴法華、南茅部

    史跡垣ノ島遺跡

    函館市中心部から約30kmの南茅部エリアにある、縄文早期前半から後期後半にかけての遺跡。竪穴建物跡や盛り土遺構などからなり、2021年7月28日に一般公開開始。

    史跡・碑(市内)
    ガイド・観光案内
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    元町・函館山

    高田屋屋敷跡

    宝来町の電停方面に歩いて、電車通りを越えた緑地帯に高田屋屋敷跡の碑があります。嘉兵衛の跡を継いだ弟・金兵衛が、幕府の許可を得て5万坪を借用し、その一角に豪壮な邸宅を建てたのがこの辺りです。

    史跡・碑(市内)
  • ※函新撮影※裏門橋.jpg
    五稜郭

    裏門橋

    五稜郭に奉行所があったころは、橋の付近に役宅が建ち並んでいたことがわかるパネルがあります。箱館戦争の折には、土方歳三が箱館に来て最初にここから入場したと言われています。

    史跡・碑(市内)
  • ※函新撮影※高田屋嘉兵衛一族の墓・顕彰碑.jpg
    ベイエリア

    高田屋嘉兵衛一族の墓・顕彰碑

    高田屋嘉兵衛は浄土宗・称名寺を檀那寺としました。境内には、高田屋嘉兵衛一族の墓とともに、高田屋嘉兵衛顕彰碑があり、淡路から渡来して50歳までの間、「箱館を根拠地として北海の天地に活躍した」と記されています。

    史跡・碑(市内)
    銅像・記念物
  • ※函新撮影※武田斐三郎.JPG
    五稜郭

    武田斐三郎先生顕彰碑

    二の橋を渡って郭内に入り、藤棚の下を通って左に曲がると「武田斐三郎先生顕彰碑」があります。武田斐三郎とは蘭学者で、五稜郭を設計監督、築造した人物。顏の部分が輝いているのは、「頭のよさにあやかりたい」と、多くの人になでられてきたからです。

    史跡・碑(市内)
    銅像・記念物
  • ※函新撮影※湯の川温泉発祥の地碑.jpg
    湯の川

    湯の川温泉発祥の地碑

    箱館戦争の折には、五稜郭を占拠した旧幕府軍が傷病兵を療養させたり、榎本武揚自身も時々入湯していたとか。神社下には「湯の川温泉発祥の地碑」があり、湯の川温泉の守り神として、今も親しまれています。

    史跡・碑(市内)

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