スポット・体験

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  • ※函館新聞社撮影※大圓寺01.JPG
    美原・桔梗

    大圓寺

    五稜郭と四稜郭の中間点にある1722(享保7)年創建の浄土宗の古刹。箱館戦争の両軍兵士の墓や五稜郭築造時の死亡者の供養塔などがある。

    史跡・碑(市内)
    神社・寺
  • ※函新撮影※高田屋嘉兵衛一族の墓・顕彰碑.jpg
    ベイエリア

    高田屋嘉兵衛一族の墓・顕彰碑

    高田屋嘉兵衛は浄土宗・称名寺を檀那寺としました。境内には、高田屋嘉兵衛一族の墓とともに、高田屋嘉兵衛顕彰碑があり、淡路から渡来して50歳までの間、「箱館を根拠地として北海の天地に活躍した」と記されています。

    史跡・碑(市内)
    銅像・記念物
  • ※函館新聞社撮影※五稜郭差替04.JPG
    五稜郭

    土塁

    奉行所のほうへ戻る途中、右手に土塁へ上る階段があります。土塁の上を歩きながら周囲の堀や奉行所を見渡して、五稜郭の造りを実感してみましょう。なお、郭内の松の木は築造当時に、内外の桜の木は、古いものは大正時代に植えられました。

    史跡・碑(市内)
  • 190914M01.JPG
    元町・函館山

    ブラキストンの碑

    イギリス出身の実業家ブラキストンを記念した石碑。函館山山頂広場にある。津軽海峡を挟んで動物の分布が異なることを発見し、ブラキストンラインという形で名を遺した。

    史跡・碑(市内)
    銅像・記念物
  • 181109SY04.jpg
    元町・函館山

    伊能忠敬記念碑

    最初の本格的日本全図の制作者、伊能忠敬は、1800(寛政12)年、蝦夷地の実測を函館山山頂から行ったことを記念し、1957(昭和32)年、山頂に設置された碑

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※遺愛幼稚園.JPG
    元町・函館山

    遺愛女学校跡

    函館ハリストス正教会の隣で、今の元町・遺愛幼稚園の場所。1887(明治20)年、八重夫人とともに来函した際に、宣教師から食事に誘われて訪れています。現在の建物は、1913(大正2)年に建築されたものです。

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※箱館戦争川汲戦戦死者慰霊碑01.JPG
    戸井、恵山、椴法華、南茅部

    箱館戦争川汲戦戦死者慰霊碑

    箱館戦争の際、旧幕府脱走軍は上陸地の森(現森町)から2隊にわかれて進軍を開始。うち土方歳三率いる隊は、川汲峠で新政府軍と激戦。慰霊碑が川汲温泉旅館駐車場の横に建つ。

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※咬菜園跡.jpg
    元町・函館山

    咬菜園跡

    西部地区・弥生坂上にある。箱館戦争時、旧幕府軍総裁の榎本武揚は、幹部6人と共に、今宵最後と一夜の清遊をここで試みたといわれている。現在は私有地となっている。

    史跡・碑(市内)
  • ※函館新聞社撮影※東海山地蔵堂.JPG
    元町・函館山

    東海山地蔵堂

    地蔵堂(通称東海山啄木寺)では、毎年、啄木の命日である4月13日に、啄木忌が行われています。

    史跡・碑(市内)
    銅像・記念物
  • ※函館新聞社撮影※北海道建大謀網漁業発祥乃地碑01.JPG
    戸井、恵山、椴法華、南茅部

    北海道建網大謀網漁業発祥之地碑

    大謀網とは、定位置に仕掛けた網で回遊魚を漁獲する「大型定置網漁法」。函館市東北部の南茅部地区では、1839(天保10)年から北海道で最初にこの漁法を開始したという。

    史跡・碑(市内)

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