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ロケやイベント、雪の日にも大活躍、レトロ市電530号

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函館市電の旅客車で、2020年で製造から70年を迎えた530号。製造時からの車体がほぼそのまま使われている車両としては現役最古参ですが、今でも映画やドラマのロケや、イベントに合わせた臨時貸切電車、コンサートの際の輸送などに大活躍。引っ張りだこの人気を博す530号についてご紹介しましょう。


◆レトロな雰囲気が街並みに映える人気車両

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現在37両ある函館市電の車両のうち、復元チンチン電車の箱館ハイカラ號と並んで人気があるのが、レトロな雰囲気が函館旧市街地の街並みに映える530号です。

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車体に広告をラッピングしている車両が多いなか、上がマンチュアサンドライト(ベージュ)、下がマジュルカブルー(ダークブルー)という渋い旧塗装を纏った、シンプルなツートンカラーが目をひきます。

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車内も、床の質感や座席の色合いも含め、運行開始から70年間で積み重ねた歴史を感じさせる重厚感があります。

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壁面は、当初の木目がわかるニス塗りから淡緑色に塗り替えられましたが、製造時から変わらないジュラルミン製のつり革、ワンマン化改造時に取り付けられた独特な形状の降車ボタンなどは、今もそのまま使われています。

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2012(平成24)年には車内Wi-Fiが整備され、2017(平成29)年には交通系IC乗車券への対応に合わせて、運賃表示器を液晶式に交換し、ICカードリーダーを設置。レトロな車両でありながら最新の装備が搭載されています。


◆普通運行から晴れの舞台、力仕事まで、神出鬼没の活躍ぶり

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人気の530号ですが、「いつどこで出会えるの?」と聞かれると、「神出鬼没」の一言に尽きます。現在は主に臨時・増発電車としての出番が多く、市民でもなかなか乗ることのできない1両です。普段は函館市電の駒場車庫で待機していて、一般の市電に大幅に遅れが発生した際などに、定期電車の一部として運行されることがあります。

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例年6月から7月に開かれる函館競馬、7月の函館マラソン、8月の函館港まつりなど、イベント開催に伴う多客時の増車運転にも出番が。GLAYの函館アリーナや緑の島でのコンサートのときも、ライブ前後の大幅増便に対応しました。

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そのほか、個人・団体向けの貸切電車としても活躍。JR東日本が運行する周遊型豪華寝台列車「TRAIN SUITE 四季島」では、停車中プログラムの専用車として、函館駅前から西部地区へ、四季島のロゴが入った専用系統板を挿しての貸切運転にも利用されています。

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新人乗務員向けの教習車としても。

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変わったところでは、冬季には除雪にも一役買います、始発電車よりも前に車庫を出て、レールとアスファルトや敷石との隙間にたまった圧雪を取り除く「フランジ付け」の任に当たり、そのまま始発電車として運行されることもあります。雪が激しく降ってきた時にも出動するので、冬場に出会える確率がやや高くなります。

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もうひとつ、530号の活躍といえば、函館を舞台とした映画やテレビドラマの撮影でも登場する機会が多いこと。2016年公開の映画「世界から猫が消えたなら」では、青柳町電停付近で自転車に乗った「僕」が市電と並走するシーンや、車内での撮影も行われました。函館の街並みに、レトロな車両の雰囲気がマッチしています。

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バラエティや紀行番組のロケでも引っ張りだこで、2015年放送のブラタモリ「#8函館の夜景 ~函館の夜景はなぜ美しい?~」では、タモリさん一行が十字街から谷地頭まで乗車しています。


◆530号の70年の歴史をひもとく

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530号は、第2次世界大戦中に酷使されて老朽化していた10・100・200形(2代目)に変わる新型車両として、1948(昭和23)年から1950(昭和25)年にかけて30両製造された500形のひとつ。最後の1両として埼玉県川口市にあった日本車輛製造で製造され、1950年11月にデビューしました。写真は同型の519号ですが、今の530号とは風貌が異なるのがよくわかります。

500形は戦後の乗客数の増加を受け、全長約13メートルの大型ボギー車となりました。設計は、戦前に日本車両製造が手がけた名古屋市電1200(BLA)型を基本としながら、函館市電の白旗 譲技師が函館水電時代に手がけた50形や300形の設計がミックスされていて、定員も戦前最後の新型車であった300形の約1.5倍の80名。乗降口は、なんと車体の両側に前・中・後ろの3カ所ずつ設置。混雑する朝のラッシュ時には応援車掌1名も乗り込み、3つの扉を活用して増え続ける利用者をスムーズに乗降させることができました。

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応援車掌の乗務と中扉の使用は1963(昭和38)年まで行われましたが、以降は中扉を締め切って運行。1968(昭和43)年6月から順次実施されたワンマン化に伴って、1969(昭和44)年には車体中央の扉を造り替え、後ろの扉は車体に埋め込まれて閉鎖され、運転士1人が乗務するワンマンカーに改造されました。後ろ扉は、現在もほぼそのままの状態で埋め込まれているため、車内から扉の跡を観察することができます。

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1980年代末まで主力車として活躍した500形も、1990年代に入ると老朽化や路線廃止で数を減らしました。2020年には、1987(昭和62)年に国鉄(現JR北海道)五稜郭車両所で505号の車体を造り替えた501号(2代目、現アミューズメントトラム)と、新造時からの車体をそのまま使い続けている530号の2両のみとなりました。当時のレトロなデザインをそのままに走りつづける530号は、函館の路面電車のシンボルのひとつといえます。


※記者X、一部写真提供/編集室M、記者TT 2020/8/29公開