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おすすめコース16

北の豪商・高田屋嘉兵衛の足跡をたどる

エトロフ航路開発や北方漁場経営などで、函館の繁栄の基礎を築いた
江戸時代の豪商・高田屋嘉兵衛。街に残るゆかりの地を訪ねてみましょう。

主なスポット
  • 高田屋嘉兵衛銅像
  • 箱館高田屋嘉兵衛資料館
  • 称名寺(一族の墓・顕彰碑)
スタート 市電「宝来町」電停
スタート地点までのアクセス
距離・時間 徒歩 5.0km
約2時間
散策建物

1市電「宝来町」電停 現在地から

市電「宝来町」電停

ゆかりの地は函館山のふもと・西部地区に集まっています。市電2系統に乗って「宝来町」で下車し、街並みを見ながらゆっくりと歩きましょう。



2高田屋嘉兵衛銅像 現在地から

高田屋嘉兵衛銅像

市電「宝来町」電停近くの緑地帯に建つ、高田屋嘉兵衛の銅像。1813(文化10)年にロシアとの交渉に立ち会ったときの姿をイメージしたものです。多大な功績をたたえるとともに、函館開港100年を記念して、1958(昭和33)年に建立。

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高田屋嘉兵衛銅像

像の近くには「日露友好の碑」が設置されており、日露双方から感謝される民間外交に貢献した様子が刻まれています。

3函館護国神社(亀石) 現在地から

函館護国神社(亀石)

高田屋嘉兵衛像を後にして、函館山に向かってまっすぐのびる護国神社坂を上りましょう。突き当りの函館護国神社は、箱館戦争で殉難した政府軍志士を祀る招魂社として創建され、その後、現在の名称に改称されました。

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函館護国神社(亀石)

広大な境内には、高田屋嘉兵衛の慈善事業の象徴である「亀石」を二つに分断して造った「招魂場碑」があります。この巨石は、飢饉の際の住民救済のため、給金を支払って海中から引き揚げさせ、屋敷の庭石にしたものでした。

4函館公園(高田屋の松) 現在地から

函館公園(高田屋の松)

社殿に向かって左手の方の道路に出て、青柳中学校の前を歩くと、函館公園があります。函館公園は1879(明治12)年に完成した洋式公園で、5ヘクタールの敷地に多彩な施設や史跡があります。

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函館公園(高田屋の松)

公園正面入口付近(外に向かって左手)には、本州から運んできて高田屋嘉兵衛屋敷に植えられていた松が移植され、「高田屋の松」「鶴亀の松」と呼ばれています。

5高田屋屋敷跡 現在地から

高田屋屋敷跡

再び宝来町の電停方面に歩いて、電車通りを越えた緑地帯に高田屋屋敷跡の碑があります。嘉兵衛の跡を継いだ弟・金兵衛が、幕府の許可を得て5万坪を借用し、その一角に豪壮な邸宅を建てたのがこの辺りです。



6箱館高田屋嘉兵衛資料館  入館20分 現在地から

箱館高田屋嘉兵衛資料館

ホテルWBFグランデの角から銀座通りを歩き、ベイエリアへ向かいましょう。箱館高田屋嘉兵衛資料館は、私設の資料展示館として1986(昭和61)年に開館され、北前船にまつわる品々を中心に、約500点を展示しています。

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7高田屋恵比須神社 現在地から

高田屋恵比須神社

開港通り(二十間坂通り)を函館山方向に歩き、電車通りを右に曲がった少し先(旧北方歴史資料館隣)に小さな神社があります。神仏の信仰に厚かった高田屋嘉兵衛が、守護神として屋敷に祀っていた恵比須神に由来。外観のみ見学可能。



8高田屋本店跡 現在地から

高田屋本店跡

電車通りをさらに進むと、ペンション「じょう蔵」があります。このあたりが高田屋の本店跡といわれ、敷地内には当時の大坂から呼び寄せた職人に掘らせた井戸が残っています(非公開)。このほか、町に防災用掘貫井戸9個を寄贈しました。



9称名寺(一族の墓・顕彰碑) 現在地から

称名寺(一族の墓・顕彰碑)

電車通りを渡って坂を上り、港が丘通りを右に曲がって称名寺を目指して歩きましょう。称名寺は1644(正保元)年に創建され、市内では高龍寺に次いで歴史のある寺です。1881(明治14)年に現在地に移転しました。

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称名寺(一族の墓・顕彰碑)

高田屋嘉兵衛は浄土宗・称名寺を檀那寺としました。境内には、高田屋嘉兵衛一族の墓とともに、高田屋嘉兵衛顕彰碑があり、淡路から渡来して50歳までの間、「箱館を根拠地として北海の天地に活躍した」と記されています。

10市電「函館どつく前」電停 現在地から

市電「函館どつく前」電停

寺を出て、魚見坂を下ると、市電「函館どつく前」電停に着きます。帰りはこちらから市電に乗り、函館駅前、五稜郭公園前、湯の川温泉方面へどうぞ。



※記者TT 2018/5/21取材、2018/5/31公開